Category: 外の道

台本 外の道 3場

台本 外の道 3場


■3

洋子はテーブルで作業を始める準備をしている。
寺泊はそれを離れたところから見ている。

 

寺泊  妻は、職場の花屋から売れ残ったものを持ち帰ってドライフラワーにする。彼女はそのドライフラワーをスワッグと呼ばれる飾りにしたり、小さなアクセサリーに変える錬金術師だ。作業に集中している姿は、美しい。

洋子  また見てる。見方が微妙に変態入ってるんだよね。わざとやってるでしょ。

寺泊  こっち意識しないで。

洋子  気になるわ。

寺泊  意識するとほら、作っちゃうでしょ。

洋子  はあ? (作業しながら相手をする感じで)

寺泊  俺もまた曇りなき眼で、君の本質を捉えようとしているのだ。

洋子  暇だったらご飯の準備してくれない?

 

寺泊以外の皆は動き出し、食事の準備を始める。

 

寺泊  例えば、散歩について。毎回新しいルート、知らない道を選び、新鮮な発見を楽しもうというタイプ。これもいい。もう一つは、毎回同じルートを、できれば同じ時間に歩くことで、見逃しがちな、些細な変化を受け取ろうというタイプ。自分はどちらかというと、後者であります。ルート配送を生業としているわけですからね。実際にあったことをいくつか。週2、3回は配達する家の、顔馴染みの奥さんに違和感を感じた。どこがとは言えないが、何かひっかかる。翌朝、脳梗塞で倒れたと聞きました。(後悔をにじませ)もう一つ、いつもハンコを持って元気よく玄関を開けてくれる小学生の男の子、その子から徐々に表情が無くなっていった。かすかに見える部屋の感じと、彼の体が虐待の事実を物語っていました。この時はちゃんと、児童相談所に電話しました。……実はこういうのも僕らの仕事の一部なんです。些細な変化をキャッチすること。仕事では出来ていることが、一番身近な家庭では疎かになる。よく聞く話です。

 

と寺泊は洋子を見つめる。二人は食卓についている。

 

寺泊  最近、気付いたことがある。

洋子  なに?

寺泊  うん。

洋子  えなになに?

寺泊  あー、つまりその、きみはちょっと最近、あれなんじゃないか?

洋子  あれ?

寺泊  うん。

洋子  いや全然分かんないから。

寺泊  そう。まぁ、はっきり言わせていただくと――

洋子  え小言? 

寺泊  違う違う違う。

洋子  なに?

寺泊  いや最近ね、ちょっときみは――

洋子  はい。

寺泊  きれいになったんじゃないかと、思うんだ。

洋子  ……は?

寺泊  ……。

洋子  どうしたの?

寺泊  どうもしない。

洋子  怖い怖い。

寺泊  怖くない。

洋子  (笑)いや怖いから。

寺泊  気がついたんだよ。今更というか。

洋子  そりゃまあ、うん、ありがとう、ごぜぇます。

寺泊  洋子って、こんなきれいだったっけ、とね、思うんだよ、最近とみに。

洋子  はあ。

寺泊  うん。

洋子  どうしたどうした、何か後ろめたい事でもあるのか?

寺泊  えなんで?

洋子  急にプレゼント買ってきたり、そういうこと言い出したら、浮気を疑えとか言うでしょ。

寺泊  違うよ。違う。そんなん、ないよ。真面目に言ってんの。事実として、きみはそんなに美しかったかね、と言ってんの。

洋子  知らんがな。

寺泊  正直に言ってほしい。

洋子  なにが?

寺泊  いつからだ、いつからそんな感じになった? そんなきれいに。

洋子  ええ?

寺泊  何か、やったの?

洋子  は?

寺泊  やったのか? 正直に言ってほしい。

洋子  えなに、尋問? ちょ、やめて――

寺泊  いや真面目に真面目に――

洋子  やめて! ……やめて。なに? 

寺泊  ……ごめん。

洋子  それはなに、私がこっそり整形したとか思ってんの?

寺泊  せいけい?

洋子  うん。

寺泊  あぁ、いや、そんなことは全く考えてなかった。

洋子  うん、ありえないし。そりゃメイクは昔に比べて変わったとは思うし、髪型だってね。え、それは気付いてるよね?

寺泊  う、あぁ。

洋子  別に最近、急に何か変えたってのは無いよ。無いでしょ?

寺泊  いや、分からない。俺はそう、感じたから。何かが、おかしい気がしたんだ。

洋子  おかしいってなんだよ。珍しいこと言うなと思ってちょっと嬉しかったのに。ミツ君の方がよっぽどおかしいからね。

寺泊  すいません。

 

洋子はスマホに保存された画像の中から、数年前の自分の写真を探す。

 

洋子  これは確か、一昨年くらいじゃない。(とスマホを渡す)

寺泊  うぉ、ババ・ガンプ・シュリンプじゃん。

洋子  わざわざ行ったよねー。どう? 変わんなくない? 今と。

 

寺泊は写真と目の前の洋子を見比べる。

 

洋子  変わんないよね、そんな。

寺泊  ああぁ。

洋子  ね。

寺泊  いやうん、そうだね。ていうか、この頃からこんなきれいだったんだ。

洋子  どういう褒め方だよ。

寺泊  ええ? なんだこれ。

洋子  え、じゃあ、そのころはどう思ってたの?

寺泊  いやまあ、普通。

洋子  普通!

寺泊  ちょ、他の写真も。(と画像を送り)……あぁ、あぁ(印象は変わらない)。

 

寺泊はスマホを洋子に返す。

 

寺泊  ……でもなんで、最近になって、そう思うようになったんだろ。

洋子  うーん。

寺泊  ぃふ~む。

洋子  でもね、妻がちょっときれいにみえるようになった、ってことはね、別にそれはさ、よくない?

寺泊  ……。

洋子  良きことなんじゃないでしょうか。

寺泊  すーそうだね。

 

洋子は食器を片付け始める。
島忠が会話に入ってくる。

 

   良きことだと思います、俺も。

寺泊  いやちょっときれいになったってレベルじゃないから。なんかもう、輝いてるし、オーラが違うんだよ。とても同じ人とは思えない。

   え、整形?

寺泊  それは無い。造形は変わってない多分。なんというか、受ける印象が、こう、存在感のパワーがもう、神々のレベル。

   嘘でしょ。

寺泊  正直最近、見つめられると、緊張する。

   童貞かよ。なんで結婚して随分経った今になって、そんなことになるの。

寺泊  分からない。

   でも洋子さんは始めからめちゃくちゃきれいだったよ。

寺泊  ……そうなんだ。やっぱ。

   そうだよ。

寺泊  結婚式の時、友達みんなが、奥さんが美人だ美人だって、しつこいくらい言うんだよ。正直俺は、社交辞令だと思ってた。いやもちろん、洋子のことをきれいだと思ってはいたよ。でも、そこまでじゃないと思ってた。人当たりがよくて、愛嬌もある。でも特別な美人じゃない。普通だよ。普通にかわいい、それくらい。俺みたいな普通の、平凡な男にはそれでいいの。それがいいの。そう思ってた。でもあれは、社交辞令ではなかったと、いうことだろうか。

   そうかも、しれませんね。

寺泊  恐ろしい。……なんて恐ろしいことに、気付いてしまったのだ。

   セックスは?

寺泊  え?

   セックスは変わった?

寺泊  おおおお前、そういうこと、よく聞くよな。

   いや魅力が増したなら、どんな感じかなって。

寺泊  おー、無礼だと思わない?

   え教えて教えて。

寺泊  やだやだ、言いたくない。

   童貞かよ。

寺泊  一応言っとくと、そういう目で俺の妻を見るような奴は、フードプロセッサーに手ぇ突っ込まれてズタズタにされても文句言えねぇぞ。

   フードプロセッサーは安全装置がついていてそんなことは出来ないよ。

寺泊  じゃあ生ハムスライサーだ。

   悪かった、もう言わないよ。

 

寺泊と島の会話は途切れ、それぞれ佇む。
二人を俯瞰するように洋子が語る。

 

洋子  彼は、島忠。夫の弟です。役者をやってて、舞台に出てるらしいけど観たことはありません。暫く仕事がなかったところを心配して、夫は自分の職場をアルバイト先として紹介しました。午前中だけ働いているようです。ウチにも時々来て、ご飯を食べていきます。名字が違うのは、離婚したご両親に、それぞれ引き取られたゆえ、と聞いています。

   こんにちは。お義姉さん。

洋子  いらっしゃい。ゆっくりしてってね。

 

洋子は島を案内する。寺泊はその様子を見ている。

1場 | 2場 | 3場 | 4場