Category: 外の道

台本 外の道 1場

台本 外の道 1場


■1

音楽が流れ、暗転。

明転すると九人が舞台にいる。関係性を反映する必要はない。音楽が終わるのを待つ。

 

寺泊  四月、金輪町。小さな町です。首都圏に通勤するにはギリギリという、微妙な距離感の地方都市。それでも景気のいい頃には、移り住んで来た通勤族がささやかな家を立て、田んぼが住宅地に変わっていきました。でも今は空き家が目立ち、そこに外国人労働者が入ってわいわいやってる。そういうのに露骨に眉をひそめる人も少なくない。ような、グローバル田舎です。僕は、宅配便ドライバーをやっています。

芽衣  私は、行政書士事務所で、補助者、サポート業務をしています。あれは、桜の季節でした。

士郎  桜は一斉に開花します。桜は前年の夏、早々に花の芽をつくり、その後休眠します。秋、気温が下がって葉を落とし、冬、その寒さに一定期間さらされると、花の芽は眠りから覚め、開花の準備を始めます。そして春、気温の上昇とともに一気に成長し、一斉に開花します。日々の気温の積み重ねなど、桜の中には開花する仕組みがあります。その仕組によって開花するので、どの桜も一斉に同じ時期に、開花するんです。自然はとても論理的、合理的です。温度変化という、開花の為の手順、コマンドがあるんです。人工的な環境、例えば月面基地でも、そのコマンド入力さえ間違えなければ、桜を咲かすことは可能です。でも気候変動で気温が大きく変わってしまえば、日本でも桜は花を開こうとはしないでしょう。サンゴもウミガメも、産卵は満月の夜に行われます。一斉に。間違う個体はほぼいない。自然は、間違えません。論理的なんです。入力に対する適切な出力。だから入力するコマンドを間違ってはいけない。間違えない為に何をするか、仕組みを理解するのです。体も同じです。この体は、僕らの最も身近な、自然なのです。仕組みを理解し、適切な入力をする。適切な食事、適切なトレーニング。コマンドを間違えば怪我の元、病気にもなる。いいですか、まずは仕組みの理解です。そして適切な入力、これで皆さんは、自分の体を完全にコントロールできる。なりたい自分になれるんです。では、今週のメニューをお渡ししましょう。

 

と士郎は書類を取りにいく。そのまま適当なところに落ち着く。

 

芽衣  彼は私の弟です。町で一番大きい会員制スポーツクラブで、チーフインストラクターをしています。元体操選手。実業団での指導経験もあってか、あっという間に看板講師に。

士郎  努力ですよ。あと情熱。

芽衣  私も一応、会員。

士郎  従業員の家族割でね。

日比野 そうなんですか。

芽衣  ええ。まぁ、でもタダ同然で来てるからか、なんというか。

 

徐々にスポーツクラブのラウンジでのやり取りへ

 

士郎  モチベーションが低い。

日比野 ああぁ。

芽衣  スパで汗流して、ラウンジでまったりというパターンですね、ほぼ。

士郎  スーパー銭湯でやれ。

日比野 はは。タダ同然なんですか?

芽衣  あ、(士郎に)言っちゃ駄目だった?

士郎  駄目でしょ普通。

芽衣  ごめん。

日比野 福利厚生がしっかりしてる。

士郎  ま、姉さんはもう少しちゃんと運動して。五十六十になって後悔するよ。

芽衣  分かった分かった。

士郎  まず体重。

芽衣  うるせぇ。

 

と芽衣は立ち上がり、飲み物を取りにいく。芽衣を目で追う日比野。

 

芽衣  そのクラブのラウンジでの出来事です。

日比野 僕は、お姉さんの体型、悪いとは思わないですよ。なんと言うか、とても似合ってる。素敵です。理想の体型というけど、それは誰が決めたんですか。時代や文化によって違うだろうし、人それぞれじゃないでしょうか。

芽衣  ですよね。

日比野 すいません、余計なことを。

 

日比野は立ち上がり、飲み物を取りに行く。右足を引きずるような歩き方が、皆の目を引く。

 

士郎  このクラブには、最近ですか?

日比野 ええ、今日が初めてです。今週引っ越してきたばかりなので。

士郎  そうでしたか。あ、足、痛めました?

日比野 あぁこれですか。足首から下は、義足です。

士郎  あ、そうなんですか。右足?

日比野 ええ。

芽衣  運動、大変じゃないですか?

日比野 今日は上半身のウェイト中心だったので。それに、普段は走ったりできるんですよ。最近の義足は高性能なんで。今日、今付けてるのは、大分古いタイプなんです。その、普段私が付けてる最新の、高性能の義足は、ちょうどメンテナンスに出してまして、これいわば代車みたいなものなんですよ。

芽衣  はあ。走ったりというのはあの、パラスポーツの時みたいな。

日比野 いや、普段スーツ着て仕事しますから、あれだと見栄えに問題があるんで、靴下を履いて、革靴を履けるタイプの。そういうので違和感なく歩いたり走ったりできるのって、かなり複雑な構造の機械になります。

士郎  オーダーメイドですか?

日比野 もちろん。私の骨格や、歩き方のデータを取って、オーダーメイドです。

士郎  はぁ、高そうですね。

日比野 車が新車で買えます。

士郎  うわぁ。

 

百瀬由香里(会員)が通りかかる。

 

士郎  こんにちは。

由香里 こんにちは。

 

由香里はラウンジを通り抜ける。

 

芽衣  右足は、どうして義足に?

日比野 うーん、ちょっとした、事故です。

芽衣  あぁ。

日比野 話しますか?

芽衣  あぁ、じゃあ。あ、じゃあってこともないですけども、すいません。

日比野 道の駅で、虎ってあるでしょう。

芽衣  虎ありますね。

士郎  タイガー。

日比野 車を停めて、駐車場近くの横断歩道で信号待ちをしていた時のことです。ゴールデンウィークの昼時で、かなり混んでました。私の後ろに、あ、ちょっといいですか? (と目のあった島にその時の再現を手伝ってもらう。島は日比野の後ろに並ぶ)――はい、こんな感じです。そこにこう、後ろに、男性がいたんですね。すると彼が、話しかけてきました。

   あの、そこにいました?

日比野 はい?

   いやだから、そこにいました?

日比野 あぁ、いたと思いますけど。

   いやいや、いなかったですよね。

日比野 すいません、どういう、あれですか、ちょっと意味が。

   だからそこに、いなかっただろって言ってんの。

日比野 はい?

   はいじゃねーよ。なにしれっと入ってんだよ。

日比野 ……(芽衣の方を向いて)この時点で漸く彼が言ってることが理解できました。彼は、私が行列に割り込んだと勘違いしていたんです。あそこには、ユリゼンというとんこつラーメンの店があるでしょう。

芽衣  名店じゃないですか。

日比野 あそこの行列が、横断歩道を超えて繋がっていたんです。私は全くそれに気付かず、行列に紛れ込んでしまったんですね。

   聞いてんのかよ。この野郎。

日比野 あぁ、すいません。私はあの、違います。ラーメン屋には行きません。

   はあ?

日比野 ですから、私が割り込んだと思って、あなたは不安になったんでしょう? 心配しないでください。私はラーメンなんか食べません。(スペースを空け)どうぞどうぞ。

 

島は日比野をにらんでいる。島は日比野を車道へ向けて押す。

 

日比野 おっと。こう、私は車道によろけました。そこには左折中のトラックの、巨大なタイヤが、蕎麦屋の水車のようにゆっくりと、回っていました。(音がする)……運転手は慌ててブレーキを踏み、トラックは止まりました。ちょうど、巻き込んだ私の右足の上で。そのまま進んでくれた方がまだ良かったのですが、運転手はご丁寧にバックしました。おかげで私の右足は、完全に、すり潰されてしまったのです。

芽衣  ……。

士郎  その、押した男は?

日比野 逃げました。

芽衣  ひどい。

士郎  許せませんね。

芽衣  駐車場の監視カメラには?

日比野 写ってはいました。でも特定にはいたらず、警察はそれ以上何もしてくれませんでした。

芽衣  ん~。災難でしたね。

日比野 はい。

士郎  でも顔は覚えているでしょう?

日比野 もちろん。声も。だから私は、休日の昼はそのラーメン屋に並ぶようになりました。彼がいるかもしれない。

士郎  ほぉ。

日比野 そして食べたくもないラーメンを、食べる。

芽衣  名店ですけどね。

日比野 半年続けると、私は常連の扱いに。スタンプもいっぱいです。

芽衣  オリジナルミニ丼ぶりは?

日比野 もらいました。

士郎  で、犯人は現れましたか?

日比野 結局会えませんでした。

士郎  そっかぁ。

芽衣  ユリゼン通いは、今も?

日比野 やめました。彼に固執しても、前には進めない。

芽衣  そうね。

日比野 右足を失いましたが、不便であることもまた、生活や人生に新たな発見をもたらしてくれるものです。

芽衣  そうかもしれませんね。

日比野 ええ。しかし、行列に並んでいる人の心理とは、げに恐ろしきものです。

芽衣  くわばらくわばら。

士郎  いやぁ、ひどい。

日比野 はは。

士郎  なんか、久々にユリゼン食べたくなったな。

芽衣  そうなのよ。

日比野 私はどうも、好きになれませんでした。

芽衣  あぁ、まぁそうですよね、すいません。

日比野 とんこつラーメンというのは、なんと言うか、男の欲望を煮詰めたような、そんな風味が漂います。あれは、レイプ犯の食べ物ですよ。

 

と日比野はラウンジを去っていく。芽衣と士郎は顔を見合わせる。

日比野はテーブルにつき、書類などを出して整理し、職場のデスクのように振る舞う。

 

芽衣  翌朝。出勤すると、新しいボスがデスクを整理していました。おはようございます。

日比野 おはよう。(昨日会った芽衣だと気づく)今日からここの所長になる、日比野清武です。そしてあなたは、(書類を一瞥し)山鳥芽衣さん?

芽衣  はい。

日比野 とてもとてもとても、優秀だと聞いています。よろしくお願いします。

芽衣  あ、よろしくお願いします。

 

芽衣は適当なところに落ち着く。

 


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