Category: 外の道
6月 29
台本 外の道 2場
台本 外の道 2場
■2
洋子は自宅のダイニングテーブルで、花束からドライフラワーにできそうなものを見繕っている。
洋子 おかえり。
寺泊 気付いたか、さすがだ。
洋子 気配を消したつもり?
寺泊 一応。
洋子 出まくってるよ。そー、という音が聞こえてきそうな感じ。
寺泊 ばかな。
洋子 覗き見するのやめてくれない。この前も見てたでしょ。怖いから。どうしたの?
寺泊 いや別に。
洋子 自分の奥さん覗き見するなんて、変だよ。
寺泊 でもさ、一人の時はどんな感じなんだろうとか、思うでしょ。
洋子 あぁ、まぁね。意外と独り言が多いとか、音楽かけてノリノリで家事してるとか、そういう、あれね普段見ない一面を知りたいという。
寺泊 あるいは一面どころか、正体が顕になっていたりとか。
洋子 正体?
寺泊 正体。
洋子 私別人格的なもの無いから。このまんま。三年も一緒に暮らしてたら分かるでしょ。
寺泊 分かる。でもほら、性格はそのままでも、例えば、鶴だったとか。
洋子 鶴?
寺泊 例えばね。
洋子 え、それは鶴の恩返しみたいに?
寺泊 そうそう。
洋子 私が鶴の姿で、お掃除してたり。
寺泊 ま鶴じゃなくてもいいんだけど。
洋子 インコとか。
寺泊 いやインコだと普通に飼ってるケースもあるから、ペット系は駄目だよ。
洋子 ハシビロコウとか。
寺泊 ちょっとキャラ強いかな。
洋子 鳥じゃなくてもいいの?
寺泊 哺乳類なら。
洋子 あー、えこれなんの話?
寺泊 分からない。……俺も分からない。
洋子 最近変だよ。仕事で疲れてるんじゃない。
寺泊 そうかもしれん。……洋子。
洋子 ん?
寺泊 鶴じゃないよね?
洋子 鶴じゃありません。安心して。
寺泊 ……(頷く)
洋子 昔、鶴を助けたことが?
寺泊 いや、無い。そんな人は、あまりいないと思う。
洋子 そうよね。お茶を入れましょう。
洋子はお茶の準備をする。
洋子 蒸し返すようであれだけど、さっきミツ君哺乳類ならって言ったでしょ。
寺泊 うん。
洋子 その時私、『火の鳥・鳳凰編』のね、あれ思い出したのよ。
寺泊 ああぁ分かった分かった。えぇと速魚な。
洋子 そうそうそう、我王の奥さんで、本当は我王が昔助けたてんとう虫だった――
寺泊 てんとう虫。
洋子 そう虫だった。虫。
寺泊 つまり、哺乳類なら、なら、と言った俺は、哺乳類のような生き物としてちょっと高度な奴らにのみ魂の存在を見るような、男だと感じたわけだね。
洋子 いやそこまでは。
寺泊 一寸の虫にも五分の魂。その通りです。
洋子 それに花屋で働いてる私は、虫の方が合ってると思わない? 虫がいるから、花は受粉できる。
寺泊 いや、君は哺乳類だよ。虫は俺だ、俺なんかもう、ハエだよ、ハエ。
洋子 ほらまた差をつけた。哺乳類も鳥も、虫も魚も爬虫類も、魂ではフラット。
寺泊 その通り。くそ、俺はいつからこんな差別主義者になった。
洋子は茶を淹れる。寺泊は落ち込んでいたが、何か地図か図面のようなものを書きだす。
洋子 彼は几帳面で、仕事熱心です。自分の配達区域を、最短で回れる道を常に研究、アップデートしているんです。無駄のない、完璧なルート配送。そしてトラックには配達順に美しく積み込まれた荷物。こだわりがあるんです。だから冷蔵庫の中の整理整頓にはうるさいし、収納についても定期的に改善案を出してくる。
寺泊 (改善案の紙を指し)便利だと思わない?
洋子 便利だとは思うけど、なんかおしゃれじゃない。
寺泊 でも使い勝手はいいと思うけど。
洋子 でも、美的に納得しないという、ストレスを受けながら毎日使うことは、不便の一つに数えていいと思うんですけど。
洋子はつい、そのシーンに出ていない人に同意を求めるように言う。
芽衣 そう思います。
洋子 まぁ、考えてみる。
寺泊 うん。
寺泊はお茶を飲む。
寺泊 今日、変な荷物を運んだよ。
洋子 どんな?
寺泊 このくらいのダンボール箱で、随分軽かった。なんとなしに伝票の品名を見てみると、「無」って書いてあった。
洋子 無? 有る無しの、無?
寺泊 そう。
洋子 なにそれ。中身が空ってこと?
寺泊 分かんない。でも無って書く?
洋子 ん~。
寺泊は箱を持ってきて、その時の再現を始める。
寺泊 無が入ってると想像すると、ちょっと怖いというか、面白くない? 珍しいからつい写真撮った。(スマホで撮影する)
洋子 あ。いいの?
寺泊 よくないけど。
寺泊は箱を振ってみる。
洋子 空?
寺泊 多分?
寺泊は荷物を持って歩く。
寺泊 コロナの時に当たり前になった置き配も便利だけど、やっぱり面と向かって受け取りたいというお客さんも少なくない。一人暮らしの高齢者なんかはそれが生存確認になるから、地域の繋がりとしても結構重要。
寺泊は呼び鈴を押す。
寺泊 ここの人も、夏なんかはよく麦茶を出してくれるし、一度レッドブルと魚肉ソーセージをセットでもらったこともある。完璧な組み合わせだと思ったよ。
芽衣がドアを開ける。
芽衣 はいはい。
寺泊 こんにちはー、お届け物です。
芽衣 いつもありがとうございます。(とシャチハタで捺印する)
寺泊 温かいですね、お花見いかれました?(と伝票の控えをはがす)
芽衣 週末ですかねぇ。(と荷物を受取る)
寺泊 いいですねぇ。あ、失礼しまぁす。
芽衣 どうもぉ。
と芽衣はドアを閉める。
寺泊 荷物の品名は見てなかったみたいだ。
寺泊は洋子の側に落ち着く。
芽衣はテーブルの上に箱を置いて、伝票の「無」を見て動きを止める。
芽衣は箱を持ち上げて振ってみて、首をひねる。
少し考えた後、カッターを持って来て箱の隙間に滑らせる。心の準備をして開く。中はやはり空っぽ。箱から何か、目に見えないものが空気中に拡散したように想像し、中空に視線を走らせる。
芽衣はため息をつき、座る。
洋子 くだらない悪戯だよ。
寺泊 うん。でも、分かんないけど、嫌だなって思うんだよ。なんか、箱に何も入ってなかったとしても、伝票に書かれていた「無」ってのが、部屋に入り込んだんじゃないかって、そんな気がするだろ。
洋子 しないよ。
寺泊 そう? 俺はするなぁ。
芽衣は再び箱の前に立ち、箱を解体して畳み、捨てる。
芽衣は手を洗い、拭くと、窓を開けて換気をする。
寺泊 換気したくなる気持ちも分かる。
洋子 缶詰で、富士山の空気、とかあったよね。今もあるのかな。
寺泊 あるんじゃない。平成の空気って缶詰もあったな。
洋子 ああいうの、バカバカしいと思わない?
寺泊 思う。
洋子 でしょ。同じだよ。
寺泊 うーん。でもなぁ、無が、在ったんじゃないかって、思っちゃうんだよ。
芽衣 (息を吐き)バカバカしい。
芽衣は部屋の散らかったものや、出しっぱなしのカップなど片付ける。
動きながら芽衣は、「無」がまだ部屋を漂っていたり、小さな動物のように自分の後をつけてきているのではないか、と想像してしまう。
帰ってきた士郎に驚く。
芽衣 うわ! なに? びっくりした。
士郎 いやこっちだよ。どうしたの?
芽衣 気づかなかった。
士郎 ただいまって言ったよ。
芽衣 びっくりしたぁ。
士郎 なにもう。
士郎は荷物を置いて落ち着く。
芽衣 昨日ラウンジで話した背の高い人。
士郎 ああ。
芽衣 あの人、新しい上司だった。
士郎 え?
芽衣 本店からやって来た新しい所長だったの。
士郎 マジで。
芽衣 びっくりした。
士郎 びっくりするよね。へぇー、でもすごいねそれ。運命的じゃない。ドラマだったら再会したところで主題歌かかっちゃう展開だよね。までもあの人若干不気味だったからな、それは無いか。
芽衣 はは。告白された。
士郎 え?
芽衣 告白されたんですけど。帰り際に。
士郎 (笑)マジで? ……すごいね。早くない?
芽衣 早い。仕事ができる人は何でも早いのかもしれないね。
日比野が歩いてくる。
日比野 確かに、気が早いとは思います。ただ、私がいつもこういった行動を取るタイプではないことは、分かっていただきたい。
士郎 右足はまだ最新のじゃないんだ。
日比野 明後日の仕上がりです。(芽衣に向き直り)私は、社内恋愛が悪いとは思わない。ただ、僕はいい歳だし、今日ここに赴任して来たたばかりです。所長として何の結果も出さずに、女の、それも部下の尻を追いかけていたとなれば、本店の皆はこう思うでしょう「あいつ何しに行ったんだよ」。でもこれは事実としては正しくない。なぜなら僕は、部下としてのあなたを好きになったわけではないからです。僕はもう昨日の時点で、あなたのことが好きになっていたんです。名前も立場も知らないまま。
芽衣 つまりこれは社内恋愛ではないと。
日比野 そうです。ここに、たまたま、あなたがいたのです。告白を急ぐ必要がありました。長じれば社内恋愛の印象が強くなる。でも違う。僕たちは昨日、既に始まっていたのです。
芽衣 あ、いや、私まだそんな、始まってなくて。すいません。
日比野 もちろんもちろん。……すいません、一方的に。
士郎 それで、告白の時は?
芽衣 まぁ、お付き合いしてくださいって――
日比野 結婚を前提に。
芽衣 はい、そう。
士郎 へぇえ。姉さん何歳よ。
芽衣 四十六。
日比野 私も四十六です。恋愛に関係ありますか?
士郎 別に無いけれども。
芽衣 あの、ちょっと、考えさせてもらえますか?
日比野 もちろん、急ぎません。急ぎだったのは告白なので。
士郎 ていうか、それだけ周りの目を気にしてるのに、フラレて部下と微妙な関係になっちゃうことは心配しないんだ。初日にだよ。
芽衣 やっぱ仕事できる人は、基本ポジティブなのかね。
日比野 失敗を怖がっていたら何もできません。迷うのは時間の無駄です。
島が立ち上がっている。
島 その通りです。でも行動には勇気がいる。すごいと思います。
日比野 ありがとう。? 君は誰ですか?
島 失礼。
島は座って傍観者となる。
士郎 どうするの? 迷うのは時間の無駄だって。
芽衣 いや迷うでしょ。
士郎 迷うんだ。
芽衣 迷うよ。
士郎 気があるってこと?
芽衣 分かんない、そんなこと。
士郎 上司だから?
芽衣 それもある、断るにしてもね。
士郎 早めに答え出してあげたほうが後腐れないよ。
芽衣 分かってるけど、私は時間がかかるの、何するにしても。
士郎 冷静に考えなよ――
芽衣 急かさないで。
士郎 いや、やっぱちょっと変でしょ、あの人。
芽衣 否定はしないけど、そういう言い方はやめて、どうなるにしろ仕事は一緒にやってくんだから。
士郎 まぁね。
芽衣 ……四十六で独り身だとね、そりゃ考えますよ。
士郎 大変だよ、結婚は。
芽衣 あんたはね、そうだったんでしょうよ。
士郎 ま、姉さんの人生だし、どうでもいいけどね。
士郎は席を外す。
芽衣 弟は五年ほど前に離婚して、私と暮らすようになりました。どうして離婚したのかは、時間があったら話します。
芽衣はソファーにかかったカバーを直すなど、何か日常的な作業をする。
芽衣 その日の夜、寝ようとして寝室の電気を消すと、あのダンボール箱に入っていた何かが、暗闇にまぎれているような気がしました。
芽衣は虚空に何かを見るように、部屋を見回す。