Category: 外の道

台本 外の道 4場

台本 外の道 4場


■4

芽衣は寺泊の隣にきて、そこはかとない不安を共有する。

 

芽衣  あの暗闇が、部屋の中で大きくなっていくような、そんな気がするんです。

寺泊  ええ。

芽衣  暗闇というのはあれですよ、ダンボールに入っていた、あれです。

寺泊  無ですね。

芽衣  そう、それをイメージするとどうしても、暗闇みたいな、黒い塊を想像してしまう。

寺泊  部屋の片隅に現れた小さなブラックホールのような。

芽衣  まさにそうです。

寺泊  まぁ、無を見えるものとして想像することは出来ませんからね。

芽衣  ええ。

 

寺泊はどこかへ向かう。

 

芽衣  どちらへ?

寺泊  少し休もうと。

 

芽衣は仕方なく、一人で続きを語り始める。

 

芽衣  夜電気を消す。すると暗闇の中に気配を感じ、明かりを点ける。クローゼットの前に不自然な、光の届かない漆黒の塊が見えます。

 

部屋の重力が増すような、音がする。

 

芽衣  私はベッドから出て、恐る恐る近づいて手を伸ばすと、消えてしまう(虚空を手で掻き分けるが、手応えはない)。……弟を呼ぼうと思いましたがやめました。彼はこの手のことを信じるタイプではないからです。

士郎  相談してくれたら良かったのに。

芽衣  暗闇は日に日に大きくなりました。電気を消す、気配を感じる、電気を点けると、現れる、という手順は変わりません。部屋の半分を覆うようになった暗闇を、私はこう(両手を大きく左右に振って)煙を払うように、散れ、散れ、とやって、世界に光を取り戻すのです。ふう。

洋子  扇風機を首振りでつけておけば――

   いや、実際の煙とは違うと思うんで換気の問題じゃ(芽衣の視線を感じ、はっとして)――すいません。

芽衣  (気を取り直し)そう、暗闇が――

寺泊  無が、世界を覆おうとしているのですね。

芽衣  はい、私の寝室ですけど。

寺泊  そこも世界の一部です。

芽衣  そしてその日もまた、同じように私は電気を消す。

 

芽衣は電気を消す。暗転。

 

芽衣  暗闇の中、気配を感じる。

寺泊  そこに無が在ると、感じるわけですね。

芽衣  あ私に言わせて。

寺泊  あすいません。

芽衣  ごめんね。……そう、暗闇の中、私はその気配に耐えきれず、再び電気を点ける。(とスイッチを入れるが暗闇のまま)……あれ、あれ? 点かない。なんで? なんで?(とスイッチのオンオフを繰り返す)……もう分かりますよね。電気は点いていたのです。でもこの部屋全体を、暗闇が覆っていたのです。

寺泊  このままでは無に取り込まれてしまう――

芽衣  そうです。私は慌てて、体を、大きく、振り動かしたのです。

寺泊  (小声で)闇よ、去れ。光を、もっと光を。嗚呼、神よ。光を……

 

ゆっくりと光が戻ってくる。芽衣が上半身を大きく振り回している。

闇を追い払うと、芽衣の部屋に、三太が座っている。傍らにはダンボール箱もある。

 

芽衣  ふー、今日はなかなかの大仕事だったわ。

 

芽衣は三太に気づく。

 

芽衣  え? 誰?

 

三太は会釈する。

 

芽衣  え? ここで何してるの? 誰? ちょ、え? 動かないで! 動かないで。……け、警察呼びますからね。これはもう、しょうがない。呼ばれてもしょうがない。

 

芽衣はスマホを探すが見当たらない。

 

三太  怪しい者ではありません。

芽衣  怪しい者ですよ。こんな時間に突然、……居たら。何してんの人んちで。

三太  すいません。

 

三太は部屋を見渡す。

 

芽衣  どっから入ってきたの?

三太  始めからここにいました。

芽衣  はあ?

三太  おら、始めからここに。

芽衣  何言ってんの。

 

三太が立ち上がろうとする。

 

芽衣  動かないで。それはなに?(ダンボール箱を指す)

三太  これは、私物です。

芽衣  私物!? なに私物持ち込んでんのよ。それも結構な量の(三太が箱に手をかけるので)いいいいい、見せなくていい、見せなくていい。

 

三太は仕方なく、大人しくする。

 

芽衣  ていうかあの、誰なの?

三太  おら、三太だ。

芽衣  帰りなさい。今すぐ帰りなさい。

三太  でも、他に行く場所がねぇだよ。

芽衣  私物を持って今すぐここを出ていくのよ。

三太  いやだ。ここがおらの家だ。

芽衣  なんて図々しい。力ずくで放り出したっていいんだよ。士郎! 士郎! ……屈強な弟がいるんだけど、今日はまだ帰ってきてないようだわ。命拾いしたわね。OK。いいでしょう、いいでしょう。じゃあはい、私が出て行きます。すぐに警察が来るからね、好きなだけここにいたらいいよ。

 

芽衣は三太を残して部屋を出る。玄関前で、落ち着こうと息を整える。

 

芽衣  ふう。

士郎  悪かったね、この日は。スポーツクラブの生徒さんで、仲のいい奥さんがいてね、二人で温泉宿に行っていたんだ。

芽衣  そう。いいのよ。すぐに警察が来たから……(中を気にしながら)いつまでやってんのよ。

 

芽衣は寝室へ戻る。寝室では警察官(島と由香里が演じる)が三太を囲み、身分証を確認している。

 

芽衣  あの、取り調べは警察署でやってもらえますか。私にも生活があるんで。

   はい、それがぁ、その、山鳥さんは、この方に見覚えが無い、わけですよね?

芽衣  無いですよ。

   んー。(困る)

由香里 こちらの方、身分証を確認させていただいたんですけど、住所はこちらで間違えないんですね。

芽衣  え?

由香里 そうなんですよ。

   もっかい保険証、いいかな? (三太から保険証を受け取り)これなんですけど(芽衣に見せる)、お名前は山鳥、三太。住所もこちらで、山鳥芽衣さんはあなたですよね、あなたの扶養に入っています。

 

芽衣は保険証を島の手から奪い、まじまじと見る。

 

芽衣  山鳥、三太。(三太を見る)

   ……あなたの、お子さんでは?

芽衣  いやいやいやいや、子供産んでないです。

由香里 (芽衣を指し、三太に)お母さん、なのかな?

三太  はい。

芽衣  はい? よく言ったもんだね、そんな大嘘。あ、偽造だ、それ偽造だ。公文書偽造は一年以上十年以下の懲役。ね。あんたの居場所はここじゃない、ブタ箱だ。行け。

   経験上、偽造には見えませんけどねぇ。確かなことは言えませんが。(と芽衣の手から保険証を受け取る)

芽衣  私、子供いませんから! 何かの間違いですこれは。絶対。ありえない。

 

島と由香里は困る。

 

芽衣  連れていってください。

   それもちょっと出来ないんですよね、この状況ですと。

芽衣  なんで?

   理由がありませんから。

芽衣  不法侵入でしょ。

   ご家族ですよね。

芽衣  違う違う違う。違う。知らない人だから。

   んー、そっかー。困ったねぇ。

 

と島は三太を見る。三太も同意するように困った表情をする。

 

芽衣  なんであんたが困ったなーみたいな顔してんのよ。

由香里 (三太に)ひょっとしてあれかな。今日のお母さん、ちょっと変なのかな?

三太  そうかもしれません。

 

島と由香里は芽衣を見る。

 

芽衣  ……はあ?

   すいませんあの、ご自分の年齢と、今日、何年の何月何日か、言ってもらえますか?

芽衣  ちょっと待ってください。ちょっと待ってくださいそれは。

   言えませんか?

芽衣  言える言える、言えるけど。言いたくないそんなこと。違うから。

   念の為です。

芽衣  失礼でしょ。

   ご自分では分からないこともありますから。

芽衣  もういいもういい。はい。帰ってください。

 

島と由香里は顔を見合わせる。

 

   ですが――

芽衣  帰ってください。

   ……分かりました。

 

由香里 (三太に)何かあったらすぐ連絡してね。

 

芽衣  そっちじゃねーだろ。

   では、失礼します。

 

島と由香里は帰る。
芽衣は頭を抱える。

 

三太  大丈夫ですか?

芽衣  静かにして。

 

三太は芽衣を気にしながら、三太は芽衣を気にしながら、私物の整理を始める。(5場につづく)

 

1場 | 2場 | 3場 | 4場